川口英俊の晴耕雨読ブログ

ダンマパダ・法句経・第24章・352・353

ダンマパダ・法句経・第24章・352・353

第24章 愛執

352 愛欲を離れ、執著なく、諸の語義に通じ諸の文章とその脈絡を知るならば、その人は最後の身体をたもつものであり、「大いなる知慧ある人」と呼ばれる。

353 われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。すべてを捨てて、愛欲は尽きたので、こころは解脱している。みずからさとったのであって、誰を(師と)呼ぼうか。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

愛欲(愛執)から離れ、執着も無く、真理から諸々の語彙に通じ、諸々の文章と語意を完全に知る者は、最後の身体(生存)を保つものであり、「大いなる知慧ある人」と呼ばれる。

私は全て(の煩悩)に打ち克ち、この世の真理の全てを知り、あらゆることがらに関して(清く)汚されていない。全て(執着)を捨てて、愛欲(愛執)は尽きたので、心は(苦しみから)解脱している。私は克己して自ら悟ったのであって、誰も師と呼ぶ者はいない。
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