川口英俊の晴耕雨読ブログ

ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席との会談について考える

仏教考察は少しお休みさせて頂いております・・

さて、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座の真なる狙いを捉えようとしている次第でございますが、その狙いの一つとして考えられるのは、「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着による様々な弊害の排除」というものがあるように存じております。

このことは、余談「批判的思考の必要性について・1」において、
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「・・例えば、宗教の場合は、特に神秘的・密教的・呪術的な要素を扱うことがあれば、それらはある意味では万人を納得させることが容易ではなく、証明のほとんど効かないようなことを非合理的で曖昧な領域において展開されていくことがあります。そのため、宗教における神秘的・密教的・呪術的な行為というものは、盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着を生み出しやすく、様々な弊害をもたらしてきたことは、過去にあまたの例があります。

また、宗教における神秘的・密教的・呪術的な行為は、その行き過ぎにより犯罪・詐欺的行為へと結びつく可能性も非常に高く、実際に問題になることも多々であり、また、表面化してこないことで、潜在的に非常に曖昧なグレーゾーンの領域において受容・許容されていることもたくさんあります。・・」

と述べさせて頂きました。

そこで、このことを考えるうちに、中国によるチベット侵攻の前に、ダライ・ラマ14世師と毛沢東・中国初代国家主席とが会談した時のやり取りについて、どこか考えさせられるところが出て参りました。映画「クンドゥン」でも誠に印象に残る場面であります。

参照 児童小銃 http://d.hatena.ne.jp/rna/
『ダライ・ラマ自叙伝より: 毛沢東曰く「仏教はよい宗教」「しかし宗教は毒だ」』
http://d.hatena.ne.jp/rna/20080318/p2

『・・数日後、私は毛沢東から「一時間以内に会いに来る」というメッセージを受け取った。彼は、到着したとき、ただ単に訪問しただけだと言った。それから、何かのはずみに、「仏教はたしかによい宗教だ。釈尊はもとは王子であったが、人民の生活条件を向上させる問題に、多くの考えを払った方だ。また観音菩薩は親切な心の女性だ」という意見を述べた。数分後に、彼は立ち去ったが、私はこれらの意見にすっかり当惑して、どう判断してよいのか分からなかった。・・』
『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』木村肥佐生訳 (1986) p137

『・・この非凡な人物と私の最後のインタビューは、私の中国訪問が終わりに近付いたころであった。私が全中国人民代表会議常任委員会の会議に出席していたとき、私は毛主席邸に行って、主席に会うようにと書かれたメッセージを受け取った。それまでに、私は中国各省の歴訪をすでに完了していたので、私は、彼に「私が見たすべての開発工事に深い感銘を受け、興味を持った」と正直に話した。これに対し彼は、民主主義の真の形態について、私に長い講義をした上で、どうやって、人民の指導者となるか、いかに彼らの提案に留意するかについて、私に忠告を与えた。それから彼は、椅子の上で、私の方ににじり寄り、「私はあなたをよく理解している。しかしもちろんのことだけど、宗教は毒だ。宗教は二つの欠点を持っている。まずそれは民族を次第に衰えさせる。第二に、それは国家の進歩を妨げる。チベットとモンゴルは宗教によって毒されてきたのだ」と、低い声でささやいた。

私は、全く驚いた。このことは何を意味し、暗示しようとしているのか? 私は心を落ち着かせようとしたが、彼をどう理解すべきか、私には分からなかった。ただ彼が、宗教の手強い敵であることは、充分知っていた。それにもかかわらず、彼は私に対して、本当に友好的で、親愛感にあふれているように見えた。これらの異常な意見を述べたのち、彼は、私と共に自動車の所まで歩き、「体に気をつけなさい」と別れの言葉を告げた。・・』
『チベットわが祖国 ダライ・ラマ自叙伝』木村肥佐生訳 (1986) p138-139

上記に置ける「宗教は毒だ」という毛沢東の発言は、誠に有名であります。その理由としては、「民族の弱体を招くこと」、「国家の進歩を妨げること」という二点が毛沢東の発言から直接に伺えます。チベットは近代化に乗り遅れている劣等の地方・民族であるという毛沢東の見方が、この発言と、やがて迫り来るチベット侵攻の動機とも言えますが、さて、ここで私が何を述べたいのか・・毛沢東がチベット侵攻をした真なる意図(領土拡大・植民地支配・資源奪取・対インド対策・対資本主義対策等)については、ひとまずここでは触れずにおいておくとしまして、毛沢東の「宗教は毒だ」という発言における「宗教の毒性」ということについて少し考えてみたいと存じます。

ここで毛沢東が、毒に関して、宗教ともう一つの喩えを暗示していたというものが、実は「麻薬」、特に「アヘン」であります。列強の植民地支配にあえぎ苦しんでいた清国は、イギリスによるアヘンの流入により、更なる社会不安の増大を招き、やがてアヘンの輸入を禁止すると、イギリスとの間で戦争にまで至り、敗北後、列強各国による植民地支配はますます酷くなり、いよいよ清国の崩壊も加速していくこととなります。

毛沢東は、アヘンという麻薬による弊害(毒性)によって国家が衰退へと大きく影響したことと、宗教における弊害(毒性)として時にある「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による影響とを、同様のものと見なして、「毒」として喩えて表現し、「宗教は毒だ」と嫌忌したのだと考えることができます。

麻薬における弊害と、宗教において時にある「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による弊害と、双方共通して言えることは、依存性・常習性・堕落性をもたらすことや、(人格の崩壊、暴力性・凶暴性などによる犯罪の誘発といったことでの)社会の治安の悪さの増大、不安定さの増大、更には労働意欲の減退、離職者の急増、失業者の増加による経済への影響など、色々と挙げることができます。家庭崩壊もその一つと挙げてもいいかもしれません。

とにかく、毛沢東の「宗教は毒だ」という発言については、当時のチベットにおいて、仏教における「盲目的・無批判的な信仰・崇拝・狂信・病的執着」による弊害が、どの程度見受けられていたのかということも考えておかなければいけないところでもあります。例えば、各宗派間の醜い権力(政治権力)争い、勢力争いの状況や、または、神秘的・密教的・呪術的な側面の強さによって、どれほどに腐敗・堕落していたのか、といったことについてもしっかりと見極める必要があります。

現在、ダライ・ラマ14世師の属しておられるチベット仏教最大の宗派・ゲルク派においても、長年にわたる他派との醜い勢力争い、政治権力争いの問題や、派内におけるシュクデン崇拝問題など、ややこしいところがあるのも事実であります。

何事も表だけで判断することなく、やはりその裏もしっかりと見極めていかないといけないという感じでもあります・・批判的思考の必要性を思うところであります。

・・

以前に、余談「批判的思考の必要性について・1」におきまして、松本史朗氏の批判的視座につきまして、簡単に述べさせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

少しだけその関連として、松本史朗氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の視座を私なりに簡単に今一度推察しますと、「批判的合理主義」・「空のニヒリズム主義」による「徹底した自己否定」・「絶対的一元論の否定」・「絶対的存在・実在の否定」・「神秘主義の否定」・「盲目的信仰・崇拝の否定」・「密教の否定」・「呪術・マントラ・迷信の否定」といったものを挙げることができるのではないだろうかと存じております。

その目的は、雑多な思想展開を経て変容してきた仏教において、上記の視座を通じて、余計なものを退けてゆくことによって、真なる純粋な仏教を抽出し、確立させていこうとしているものと考えます。

では、松本史朗氏の抽出し確立させようとしている真なる純粋な仏教とは何であるのか、それは、これまでの氏の論著集の中から、すでにいくつか挙げることができます。また、このことについても考察して参りたいと存じます。

・・

次回からは、前回の「サムイェーの宗論」の考察と関連しまして、龍樹(ナーガールジュナ)論師の中論の核心部分について、松本史朗氏の「禅思想の批判的研究・大蔵出版 」の第一章「禅思想の意義」を参考としまして考えて参りたいと思っております。

中論において、特に解釈が難解であるとされている中論「観法品」(第十八・第九偈)についての内容考察となります。

とにかく最近は、松本史朗氏の論著をかなり集中的に読み進めております。松本氏の「批判宗学」・「批判仏教学」・「如来蔵(仏性)思想批判」の真なる狙いが少しずつ分かり始めてきたところでございます。

とにかく粛々と一歩一歩です。

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・6-7
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51774538.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51773161.html

余談「批判的思考の必要性について・1」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51772472.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・4
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51771197.html

「道元思想論・松本史朗著・大蔵出版」を一読して・1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51770905.html

「禅思想の批判的研究・松本史朗著・大蔵出版 」を一読して
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51769465.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義4-5
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51768858.html

ツォンカパ論師の中観思想を学ぶ意義1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51766505.html

「非有・非無の中道」について
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51764526.html

「縁起賛」・「ラムツォ ナムスム(道の三要訣)」・「四つの捕われから離れる秘訣」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/m/197611

「蟻の瓶と象の瓶」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%93%B6%E3%81%A8%E8%B1%A1%E3%81%AE%E7%93%B6

教理の考察「蟻の瓶と象の瓶」(齋藤保高氏)・感想1-3
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51749171.html

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

「苦楽中道説について」
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51739221.html

「苦楽中道説について」補足
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51746333.html

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixiコミュニティ「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第四弾

「中論―縁起・空・中の思想(上・中・下)」三枝充悳著 レグルス文庫
「大乗仏典14 龍樹論集」 中央公論新社
「講座 大乗仏教7 中観思想」春秋社
「講座 大乗仏教9 認識論と論理学」春秋社
「講座 仏教思想1 存在論・時間論」理想社
「講座 仏教思想2 認識論・論理学」理想社
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版
「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」
 ツォンカパ著・ツルティムケサン翻訳・藤仲孝司翻訳 UNIO
『「空」の構造 -「中論」の論理』立川武蔵著・第三文明社
「縁起と空 如来蔵思想批判」松本史朗著・大蔵出版
「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「禅思想の批判的研究」松本史朗著・大蔵出版
「道元思想論」松本史朗著・大蔵出版
「法然親鸞思想論」松本史朗著・大蔵出版
「仏教思想論 上」松本史朗著・大蔵出版
「法華経思想論」松本史朗著・大蔵出版

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾
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