川口英俊の晴耕雨読ブログ

ダンマパダ・法句経・第18章・240-243

ダンマパダ・法句経・第18章・240-243

第18章 汚れ

ダンマパダ・法句経・第18章

240 鉄から起った錆が、それから起ったのに、鉄自身を損なうように、悪をなしたならば、自分の業が罪を犯した人を悪いところ(地獄)にみちびく。

241 読誦しなければ聖典が汚(けが)れ、修理しなければ家屋が汚れ、身なりを怠るならば容色が汚れ、なおざりになるならば、つとめ慎しむ人が汚れる。

242 不品行は婦女の汚れである。もの惜しみは、恵み与える人の汚れである。悪事は、この世においてもかの世においても(つねに)汚れである。

243 この汚れよりもさらに甚だしい汚れがある。無明こそ最大の汚れである。修行僧らよ。この汚れを捨てて、汚れ無き者となれ。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

鉄のように硬い金属でも、錆びが回るとボロボロに潰れていくのと同様に、どのような小さな悪行によってでも、やがては自分自身をボロボロに崩してゆくこととなり、その報いを受け、地獄の苦しみを味わうこととなる。

教えを学び、学んだことを常に忘れないように読誦して実践に勤めなければ仏典が汚れる。家も掃除・修理しなければ汚れるように、身なりをきれいに調えなければ、容色が汚れるように、仏法の学びに努めて慎み励んでいた者でも、怠ってしまうようであれば心が汚れる。不貞行為・邪淫による汚れ、物惜しみによる喜捨功徳の汚れ、悪行はいずこの世においても汚れである。

しかし、それらよりももっと凄まじい最大の汚れがある。それは無明である。迷いの世に輪廻転生して苦しむのは、この無明によるところが根本にある。修行僧たちは、四法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静・一切皆苦)という真理をしっかりと学び、無明を離れて、汚れを完全に無くさなければならない。
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