川口英俊の晴耕雨読ブログ

ダンマパダ・法句経・第16章・218

ダンマパダ・法句経・第16章・218

第16章・愛するもの

218 ことばで説き得ないもの(=ニルヴァーナ)に達しようとする志を起し、意(おもい)はみたされ、諸の愛欲に心の礙(さまた)げられることのない人は、(流れを上る者)とよばれる。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

涅槃(ニルヴァーナ)に達しようと、仏法僧の三宝に帰依する志を発心し、その志が果たされて、愛欲に心乱されることのない人は、預流向を目指す者と呼ばれる。

四向四果・・
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/

四向四果 (しこうしか)とは、部派仏教や上座部仏教における修行の階位で、預流向(よるこう)、預流果、一来向(いちらいこう)、一来果、不還向(ふげんこう)、不還果、阿羅漢向(あらかんこう)、阿羅漢果のことをいう。

「向」とは修行の目標、「果」は到達した境地を示す。向と果の名称が同じ、八種の段階にある人ということで、「四双八輩」(しそうはっぱい)ともいう。

1. 預流とは聖者の流れに入ることで、最大7回欲界の人と天の間を生れかわれば悟りを開く位。
2. 一来とは1回人と天の間を往来して悟りに至る位。
3. 不還は欲界には再び還らず色界に上って悟りに至る位。
4. 阿羅漢は今生の終りに悟り涅槃に至り再び三界には生れない位をいう。

・・出典ここまで。
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