川口英俊の晴耕雨読ブログ

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勝義諦・無記

世俗諦と勝義諦の二諦・・3/17「諸法実相・真如・如来蔵」において・・諸法実相・真如・如来蔵・・中論・大乗仏教における世俗諦において、言葉で表現される涅槃・悟りの境地のことであります。ただし、その意を解することは実に難解を極めますし、例え仮に理解できたとしても、それはあくまで仮であり、必ず矛盾を内包させたままの理解であると言えるのではないかと思います。ですから勝義諦、言語表現を超えたところの真理の理解が必要不可欠になるというわけであります。諸法実相・真如・如来蔵も最終的に所詮は仮名(けみょう)に過ぎないものでそこにとらわれて執着してもいけないということでもあります。・・と述べさせて頂きました。

諸法実相・真如・如来蔵のみならずに、菩提・悟り、如来、死後、輪廻ももちろん勝義諦においては、とらわれて執着してもいけないものということであります。これらも施本「佛の道」・第十八章・無記、において十無記で挙げられているものと同様として、「そう」、「そうでない」、また「そうでもあって、そうでもない」、「そうでもなく、そうでもないものでもない」ものとしても答えることが不可能である、いわゆる「無記」なるものと勝義諦において解されるものとなります。

非有非無・非非有・非非無の中道の理解・・実に難解を極めます・・とにかくまだまだ一歩一歩であります。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

施本「佛の道」
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
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