川口英俊の晴耕雨読ブログ

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四、唯識論について・下・1

施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」




一、はじめに
二、一枚の紙から・仏教の基本法理の理解・上
二、一枚の紙から・仏教の基本法理の理解・中
二、一枚の紙から・仏教の基本法理の理解・下
三、一枚の紙から・①而二不二《ににふに》
四、唯識論について・上
四、唯識論について・中・1
四、唯識論について・中・2
五、一枚の紙から・②而二不二《ににふに》
六、一枚の半紙から・補足余談
七、悩み・苦しみを超えて
八、最後に

四、唯識論について・下・1

 そのための修行過程について唯識論では、五段階に分けられています。

第一段階・・思糧位《しりょうい》

仏法の真理、唯識論の学びを進めようと発起し、仏法を自分の向上に役立たせていこうとする段階。仏道の初歩の準備段階。

第二段階・・加行位《けぎょうい》

 仏法の真理、唯識論を更に学び進めて、完全に自分のものにしていきながら、また、学んだ理論に拠るだけでは無く、行為(八正道、六波羅蜜、慈・悲・喜・捨、善行・徳行の実践など)も伴わせていく段階。理論と実践を平行させて進めていく段階。

第三段階・・通達位《つうだつい》

仏法の真理、唯識論の真理を完全に自分のものとして理解したところに達した段階。自分自身、あらゆるものの空性(縁起空)の真実に気づき達した段階。ただし、これはまだ悟りのほんの入り口に過ぎないところであり、慢心を起こし、「我」が顔を出すと、元の木阿弥になることに気をつけなければならない段階とされています。正直、この第三段階からは、具体的に言葉ではなかなか十分に表せない境地でもあります。

第四段階・・修習位《しゅじゅうい》

 仏法の真理が、そのまま現身に修養した段階。もはや「我」が完全に顔を出すことが無くなった段階と言えるのではないかと考えます。

第五段階・・究竟位《くきょうい》

仏道修行の究極最終境地の段階。正直、もはや言葉では到底表すことができない段階と考えます。この境地を目指して、しっかりと精進努力して参りましょう。

 また、その具体的な修行方法につきましては、六波羅蜜《ろくはらみつ》としてまとめられているものがあります。

六波羅蜜

布施波羅蜜《ふせはらみつ》

 貪る心・執着(我執・愛執)の心・所有の心を無くしていくために、財物を施す財施《ざいせ》、悪感情・煩悩を静めて安心を与える法施《ほうせ》、仏法の真理を説いて修行を実践する無畏施《むいせ》を行なっていくこと。
 
持戒波羅蜜《じかいはらみつ》

 戒律をしっかりと守ること。心・口・意の三業を清浄に保つために定められた戒律を遵守することで、五戒律として、不殺生戒《ふせっしょうかい》(生き物をみだりに殺さないこと)・不偸盗戒《ふちゅうとうかい》(他人の物を盗まないこと)・不邪淫戒《ふじゃいんかい》(よこしまな男女関係・不倫をしないこと)・不妄語戒《ふもうごかい》(虚偽を語らないこと)・不飲酒戒《ふおんじゅかい》(お酒を飲まないこと)があり、更には、もう五つを加えて十戒律とする場合もあります。不説四衆過罪《ふせつししゅうかざい》(他人の過失や罪を言いふらしたりしないこと)・不自賛毀他戒《ふじさんきたかい》(自画自賛し、他人を見下したりしないこと)・不慳貪戒《ふけんどんかい》(自分の利を貪ったり、物惜しみをしないこと)・不瞋恚戒《ふしんにかい》(激しく怒らないこと)・不謗三宝戒《ふぼうさんぽうかい》(仏法僧の三宝を誹謗中傷しないこと)。

忍辱波羅蜜《にんにくはらみつ》

瞋恚《しんに》(激しい怒り)の心を出さないように、常に心を寛容にして平穏に保つために、仏道を歩む中で、例えどんなに嫌なつらいことがあっても耐え忍ぶこと。

精進波羅蜜《しょうじんはらみつ》

 なまけおこたる心を出さず、涅槃へ向けて一生懸命に修行に取り組むこと。

禅定波羅蜜《ぜんじょうはらみつ》

 坐禅や瞑想修行にて精神統一・精神安定を図ること。禅定の段階には諸説ありますが、基本としては、止(心を統一して止めること・三昧《ざんまい》とも言う)と観(無常・無我の真理をありのままに捉える)からなっています。

智慧波羅蜜《ちえはらみつ》
 
 智慧を開発していくこと。智慧は、真理を悟ったものにもたらされる心の働きのこと。真理の実相から全く揺らぐことがなくなった心の働き。智慧は、般若《はんにゃ》とも表されます。智慧は、既にもはや己のいかなる内面におけることも、己の外面におけるいかなることも、真理の実相の理解によって、常に涅槃寂静へと導くことができるように全てが調った、静かで落ち着いた心の働きであると考えます。
 
次に、唯識論においては、真理の理解と修行段階が進み、煩悩が無くなると、「識」が「智慧」に転じて現われてくるようになり、このことを転識得智《てんじきとくち》と言い、前五識・意識・末那識・阿頼耶識のそれぞれにおいて智慧への転換が示されます。

・・第四章・下・2に続く・・

〔本文、不許複製・禁無断転載〕

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