川口英俊の晴耕雨読ブログ

感興のことば・第27章・7・8

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第27章・7・8

第27章 観察 

7 人々は自我観念にたより、また他人という観念にとらわれている。このことわりを或る人々は知らない。実にかれらはそれを(身に刺さった)矢であるとは見なさない。

8 ところがこれを、人々が執著しこだわっている矢であるとあらかじめ見た人は、「われが為す」という観念に害されることもないし、「他人が為す」という観念に害されることもないであろう。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

7 (無明なる中では諸法無我が分からずに)人々は自我観念にたより、また他人(という我)という観念にとらわれている。このことわり(諸法無我)を或る人々は知らない(分かっていない)。実にかれらはそれ(我という妄執)を(身に刺さった)矢(束縛・執着対象、煩悩・苦しみの素因)であるとは見なさない。

8 ところがこれを、人々が執著しこだわっている矢(束縛・執着対象、煩悩・苦しみの素因)であるとあらかじめ見た人は、(諸法無我を理解しており、)「われが為す」という観念に害されることもないし、「他人が為す」という観念に害されることもないであろう。(苦しみの素因である我執に害されることがない。)
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