川口英俊の晴耕雨読ブログ

感興のことば・第17章・5・6

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第17章・5・6

第17章 水

5 「その報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。愚かな人々は、少しずつでも悪をなすならば、やがてわざわいにみたされるのである。

6 「その果報はわたしには来ないであろう」とおもって、善を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。気をつけている人々は、少しずつでも善をなすならば、やがて福徳にみたされるのである。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

5 「その(自業の)報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪(業)を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でも(やがて)みたされるのである。(四法印・四聖諦を理解しない)愚かな人々は、少しずつでも悪(業)をなすならば、やがてわざわい(自業自得となって因果の報い)にみたされるのである(輪廻に亘り苦しむのである)。

6 「その果報(因果応報)はわたしには来ないであろう」とおもって、善(業)を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。(四法印・四聖諦に常に)気をつけている人々は、少しずつでも善(業)をなすならば、やがて福徳(安楽なる涅槃の境地)にみたされるのである(苦しみの輪廻から解脱できるのである)。
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