川口英俊の晴耕雨読ブログ

空の理解

さて、施本第三弾の執筆を進めておりますが、題、章とも既に決まり、その内容につきましての考察も進んで、各章共ある程度まとまりつつあります。粗原稿は何とか四月初旬までには終わらせて、早めに素原稿を仕上げ、それから校正に入り、印刷製本へ向けた打ち合わせができるようにして参りたいと考えております。五月中頃までの発行を目指して、とにかく一つ一つ進めたいと思います。空の理解・・実に難解でありますが、しっかりと精進努力して参ります。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

施本「佛の道」
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」

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「縁起」

さて、施本第三弾は少しずつながらも執筆が進み、既に二万文字を超え、おおよそ半分の章を既に書き終えました。章は全部で11あり、「はじめに」と「最後に」の二つ以外が、本論の内容となります。今回は、中論、中観派の空の理論をその中心として、「縁起」の理解がその要諦となります。改めて縁起につきましては、考察を行いましたが、もしかすると、お釈迦様の説かれた教説の中でも縁起の占める重要性は最上位あたりのところかもしれないと思うようになりました。四法印についても、それぞれの理解を進めるためには「縁起」の正しい理解は、誠に避けて通れないものであると考えます。とにかくしっかりと進めたいと存じます。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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中観派

施本第三弾は、中論から空の理解を中心として、而二不二・無分別についての再論考を進める予定ですが、中論は初期大乗仏教の確立に大きな影響を与え、その後のインド大乗仏教二大潮流の一つ「中観派」教義の中心となります。また、二大潮流のもう一つは、「瑜伽行唯識学派」であり、前回施本で浅学非才・未熟者の理解ながら僭越にも扱わせて頂きました「唯識論」が、その教義の中心となっています。今回、色々と考察を続ける中で、「中論」と「唯識論」との類似点・相異点が少しずつながら理解できて参りました。前作の反省、「非有非無の中道」についての考察から、今回の施本執筆に繋がったわけですが、問題は両者の相異点の整合性をどのように扱うかということであります。これは実に難解なる課題であります・・

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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施本第三弾

さて、いよいよ施本第三弾の執筆を進めております。現在、ようやくに1万文字を超えた程度となりました。おそらくは4万~5万字に収まるものと考えております。また前回と同様に発行編集校正後にホームページ・ブログの方にも随時アップして参りたいと考えております。今回は空の理論を中心として、前二作の反省も踏まえながら、空・仮・中の三諦、世俗諦・勝義諦(第一義諦)の二諦などを扱っております。とにかく前二作についても「非有非無の中道」から改めての見直しが必要となっております。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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非有非無の中道

さて、いよいよ施本第三弾の本格論考に入っておりますが、とにかく前二作共に「非有非無の中道」からの大幅な見直しが迫られている次第であります。二作共に改めて読み返しますとやや考察が甘かったところ、中途半端な内容に終始してしまっていたところなどが多く散見することができます。それらを補完していきながら、第三弾の執筆を進めて参りたいと考えております。

とにかく浅学非才・未熟さを脆くも露呈したというのが、正直なところであります。鋭意精進努力して参りたいと思います。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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現代仏教学を再生するためのホームページ

施本第三弾へ向けて、いよいよもって考察を深めなければならないと考えているサイトとしまして、仏教考察特別リンク集にもリンクさせて頂いております、島村大心師のサイト「現代仏教学を再生するためのホームページ」がございます。

正直、島村大心師の論考集はかなり難解でありますが、その真摯なる論文内容には誠に敬服する次第でございます。こちらのサイトの内容も、故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」と共に施本前二作の執筆前には是非とも読んでおきたかったと考えております。

この二つのサイトを読み進めていきますと、己の未熟さ、浅学非才さに恥じ入るばかりでございます。とにかくこれからも私なりにしっかりと仏教の学びについて精進努力して参りたいと考えております。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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〈空観〉正しいものの観方

さて、いよいよ施本第三弾の論考考察に入っておりますが、目下の注目は、何度もブログにおいても紹介させて頂いております故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」「空観」の内容であります。

絶対への希求を目指して、第一部【 本能と理性(対話編) 】・第二部【 悟りとしての空の論理 】・第三部【 実践としての空 】の論考が展開されています。二元二項対立・相対矛盾のあり方とその超越、無分別智、空・中論の考察へと移り、「思惟の停止」へと至るための中道的四諦八正道の実践が具体的に述べられています。誠に最初にこのサイトを訪れて内容を読まさせて頂いた時は大きな衝撃でありました。できれば前二作を刊行する前に読みたかったですね・・二作とももしかするともう少し違ったアプローチができたように思います。第三弾はこの反省を活かして慎重に進めたいと思います。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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施本第三弾

さて、いよいよ施本第三弾の本格論考考察へと入りますが、実は今回の彼岸法話の内容には、前二作では扱わなかった重要なテーマもいくつか扱いました。もちろん浅学非才、未熟者ながらですが、やはり実際に話していく内に徐々にその内容について自らの理解の前進もいくつかありました。人前で話すことには文章で書くことよりもより慎重さが求められるため、できる限りわかりやすく、短くを心がけていくと、普段は思い浮かばないような端的な表現の言葉がハッと出てくる場合があります。それらは比喩の場合がほとんどですが、難解な仏教用語を扱ってもなかなか理解することは私でも難しいため、法話においてはいかにわかりやすい、日常の比喩表現で伝えれるかが大切なことになります。そのために自身も一層の理解へ向けての精進努力が常に求められていくわけであります。とにかく一歩一歩であります。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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春季彼岸最終日

本年の春季彼岸も最終日となり、施餓鬼法要・法話・施本と総合的にはある程度充実して終えれたと考えております。もちろん、まだまだ未熟、浅学非才で足りない点も多々反省しなければなりません。いよいよ施本第三弾の執筆の本格作業に入ります。何とか夏までには早めに刊行できればと考えております。前二作の反省も踏まえて、中論の理解もしっかりと進めながら、空・仮・中の三諦、世俗諦と勝義諦の二諦もその具体的内容を反映させて扱いたいと思います。

空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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無分別智

今回のお彼岸の法話におきましては、以前にも取り上げさせて頂きましたが、故田中守道氏のサイト、「〈空観〉正しいものの観方」「2-12『矛盾について』」における「観燃可燃品第十」の内容についても少しお話しさせて頂いております・・参照・2/28「絶対矛盾的自己同一」・・補足としまして改めましてその内容をご紹介致しておきます。

『龍樹・親鸞ノート』三枝充悳著・法蔵館刊より抜粋引用・・

『いま火が燃えさかっている薪というありかたを見てみよう。私たちは、そこに火があり、薪がある、という。しかしながら、そのメラメラと燃えているどこからが火で、どこまでが薪であるか、それをはっきりと区分して、ここが火でここが薪だとすることは、なんびとにも不可能である。両者は一体となって――両者の区分を全面的に拒否しつつ全く一体化していて、そしてそこに火があり薪があるといわれる。
 一体化して燃えあがる以前には、火はそこにはない。薪も単なる木片にすぎず、まだ薪(燃料)とはなっていない。燃えはじめたときに、すでに木片は単なる木片ではなくて薪となり、火もまたそこに現前化する。そして上述のようなありかたにおいて、両者が或る点において結合して一体化してはじめて、火があり、薪がある、という。
 これは両者の一体性をあらわしており、且つ相互肯定的なありかたを示している。縁起のいわゆる相依性(相互依存関係)がここに表明されている。
 ところが現実に薪に燃えている火は、決して静止したままではいない。火はさらに燃え盛っていくか、または徐々に消えかかっていくか、どちらかいずれかである。この場合、火が燃え盛っていくとは、薪を減少させていくことである。火が消えかかっていくとは、薪を増大させていくことである。いかえれば、火を肯定していくことは、薪を否定していくことであり、逆に、火を否定していくことは、薪を肯定していくことになる。すなわち、火と薪との肯定・否定の関係は、前に述べた場合とは異なって、一方の肯定が他方の否定に通じて、相互に反対の関係にある。ここには、縁起は相互排除性を孕んでいて、さらに押し進めれば、矛盾的対立のありかたを示している。縁起のいわゆる逆の形の相依性が表明されている。
 さらに火がいっそう燃えていったならばどうなるか。薪はますます小さくなる。火を肯定し、薪を否定することが進行していって、ついに薪が燃え尽きたときに、火の存在する場所がすでにない。こうして火もまた消滅する以外ない。いいかえれば、火はすでにそこに存在せず、否定されている。すなわち、肯定の一方的進行がそれ自身の自己否定というありかたで終止符を打つこになる。
 それとも逆に、火がだんだんと消えかかっていくならばどうか。薪は燃える場所を減らし薪の部分を増大する。火の否定の進行が薪の肯定の進行に繋がりながら、もしも火が消えてしまって、火の否定が成就したとき、そこには薪もまた存在せず、一個の木片がころがっているにすぎない。すなわち、否定の進行が、当然そのものの否定の完成となり、同時にそれと矛盾的対立にあった――即ち肯定を進行させていたものも滅び去って、そこにはやはり自己否定があらわとなる。
 こうして、対立し合う二者の間の肯定・否定の進行は、もともと相反的であるはずであり、初めはその通り進んでいって、一方の肯定=他方の否定となり、一方の否定=他方の肯定となるけれども、もしも一方がそれを強制し、自己の肯定のみを(すなわち他方の否定のみを)強行するときには、その肯定が他方の存在そのものを消滅させて、肯定が成就したかに見える場合、いつか自己も消滅せざるを得ず、肯定どころか、否定をも突き破って、肯定ないし否定するその当体がすでにそこに存在しない。即ち相互対立に於ける両者は、対立を残していない限り、みずから自己を滅ぼしてしまう結果を招く』・・引用ここまで。

これはまさに分別の世界においては相対矛盾を抱えて苦悩せざるを得ない有り様を示しており、仏教の説く無分別智に存立しない限り、その苦悩からは逃れることができないことを如実に示しているものと考えております。


空・仮・中の三諦・・

無我、無自性、無相、空、空性、虚空、無自性空、縁起空・・仮有、仮名(けみょう)、仮設、虚妄(こもう)、虚仮、錯覚、幻(まぼろし)、幻覚、幻想、幻影、陽炎、逃げ水、蜃気楼、夢・・中道、非有非無、八不(不生・不滅・不常・不断・不一・不異・不来・不去)、無記、無分別、而二不二、煩悩即菩提、生死即涅槃、平等、真如、一如、法界、法性、諸法実相、仏性、如来蔵。

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