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川口英俊の晴耕雨読ブログ

感興のことば・第21章・17

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第21章・17

第21章 如来

17 その聖者は完全な自在を得、一切のものにまさり、すべての恐怖から解脱し、愛執を捨て、汚れ無く、生きとし生ける者どもを観じて、世のためを念(おも)うている。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

17 その(悟りを開いた正覚者の)聖者は完全な自在(智慧)を得、一切のものにまさり、すべての恐怖(・苦しみ)から解脱し、愛執(渇愛・執着)を捨て、汚れ無く(清浄で)、生きとし生ける者どもを観じて(慈悲の心で見て)、世の(苦しんでいるものたちの)ためを念(おも)うている(心配している)。

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感興のことば・第20章・17・20

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第20章・17・20

第20章 怒り

17・20

心が静まり、怒ることなく、身がととのえられ、正しく生活し、正しく知って解脱している人に、どうして怒りがあろうか?はっきりと知っている人に、怒りは存在しない。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

17・20

心が静まり(禅定に入り)、怒ることなく、身がととのえられ(清浄)、正しく生活(正命)し、正しく知って(真理を正しく悟って)(苦しみから)解脱している人に、どうして怒りがあろうか?(四法印・四聖諦の真理を)はっきりと知っている人に、(もはや)怒りは存在しない。

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感興のことば・第20章・1・2・3

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第20章・1・2・3

第20章 怒り

1 怒りを捨てよ。慢心を除き去れ。いかなる束縛をも超越せよ。名称と形態とに執著せず、無一物となった者は、苦悩に追われることがない。

2 怒りが起こったならば、それを捨て去れ。情欲が起こったならば、それを防げ。思慮ある人は無明を捨て去れ。真理を体得することから幸せが起こる。

3 怒りを滅ぼして安らかに臥す。怒りを滅ぼして悩まない。毒の根であり、甘味を害なうものである怒りを滅ぼすことを、聖者らは称賛する。修行僧らよ。それを滅ぼしたならば、悩むことがない。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

1 怒りを捨てよ。慢心(高慢・驕り)を除き去れ。いかなる束縛(執着)をも超越(捨て去れ)せよ。(無常なる中、)名称と形態とに執著(執着)せず、無一物(無所有)となった者は、苦悩(煩悩)に追われることがない。

2 怒りが起こったならば、それを捨て去れ。情欲(愛執)が起こったならば、それを防げ。思慮ある人(真理を知った者)は無明(煩悩の根元)を捨て去れ。(四法印・四聖諦の)真理を体得することから幸せが起こる(涅槃へと向かう)。

3 怒りを滅ぼして安らかに臥す(安楽な涅槃の境地を味わう)。怒りを滅ぼして悩まない(妄想が止む)。毒の根であり、甘味を害なうものである怒りを滅ぼすことを、聖者らは称賛する。修行僧らよ。それを滅ぼしたならば、悩むこと(煩悩)がない。

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感興のことば・第19章・1・2

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第19章・1・2

第19章 馬

1 良い馬が鞭をあてられると、勢いよく熱気をこめて走るように、勢いよく努め励め。信仰あり、また徳行をそなえ、精神を安定統一して、真理を確かに知って、感官を制御し、忍耐の力をそなえた人は、迷いの生存をすべて残りなく捨て去る。

2 良い馬が鞭をあてられると、勢いよく熱気をこめて走るように、勢いよく努め励め。信仰あり、また徳行をそなえ、精神を統一安定して、真理を確かに知って、智慧と行ないを完成し、思念をこらして、このような境地に達した人は、すべての苦しみを捨て去る。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

1 良い馬が鞭(仏法僧の三宝に帰依し、発心)をあてられると、勢いよく熱気をこめて(八正道の実践へ向けて)走るように、勢いよく努め励め。信仰あり、また徳行をそなえ、精神を安定統一(禅定)して、(四法印・四聖諦の)真理を確かに知って、感官を制御し、忍耐の力をそなえた人は、迷いの生存(渇愛・執着・束縛、苦しみの輪廻)をすべて残りなく捨て去る。

2 良い馬が鞭(仏法僧の三宝に帰依し、発心)をあてられると、勢いよく熱気をこめて(八正道の実践へ向けて)走るように、勢いよく努め励め。信仰あり、また徳行をそなえ、精神を統一安定(禅定)して、(四法印・四聖諦の)真理を確かに知って、智慧と行ないを完成し、思念をこらして(真理に気づき)、このような境地に達した人は、すべての苦しみ(渇愛・執着・束縛、輪廻)を捨て去る。

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感興のことば・第18章・21

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第18章・21

第18章 花

21 (諸の存在の実体は)ウドゥンバラ樹の花(優曇華)をもとめても得られないようなものだとさとって、諸の存在のうちに堅固なものを見出さなかった修行僧はこちらの岸を捨て去る。---蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。

池に生える蓮華の茎や花をば、水にもぐって折り取るように、情欲・憎しみ・迷妄・おごり高ぶり・貪ぼり・愛執をすっかりと断ち切った修行僧はこちらの岸を捨て去る。---蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

21 (諸の存在の実体は)ウドゥンバラ樹の花(優曇華)をもとめても得られないようなもの(実体としての固定した我はない・諸法無我)だとさとって、諸の存在のうちに堅固なもの(執着・束縛)を見出さなかった修行僧はこちらの岸(煩悩の世・苦の輪廻)を捨て去る。---蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。

池に生える蓮華の茎や花をば、水にもぐって折り取るように、情欲・憎しみ・迷妄・おごり高ぶり・貪ぼり・愛執をすっかりと断ち切った修行僧はこちらの岸(煩悩の世苦の輪廻)を捨て去る。---蛇が旧い皮を脱皮して捨て去るようなものである。

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感興のことば・第18章・20

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第18章・20

第18章 花

20 この世は泡沫のようなものであると知り、陽炎のようなはかない本性のものであると、さとったならば、この世で悪魔の花の矢を断ち切って、死王に見られないところへ行くであろう。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

20 (諸行無常なる生滅変化を繰り返す)この世は泡沫(ほうまつ・うたかた)のようなものであると知り(気づき)、陽炎のようなはかない本性のものである(固定した実体としての我は何もない、諸法無我)と、さとったならば、この世で悪魔(マーラ・煩悩)の花の矢を断ち切って、死王に見られないところ(安楽なる涅槃の境地)へ行く(至る)であろう。

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感興のことば・第17章・9

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第17章・9

第17章 水

9 もしも水がどこにでもあるのであれば、どうして泉をつくる必要があろうか?妄執の根を取り除いたならば、さらに何を求める要があろうか?

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

9 もしも水がどこにでもあるのであれば、どうして泉をつくる必要があろうか?妄執(妄想・煩悩)の根(素)を(完全に)取り除いたならば、さらに何を求める(渇愛・執着が)要(必要)があろうか?

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感興のことば・第17章・5・6

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第17章・5・6

第17章 水

5 「その報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。愚かな人々は、少しずつでも悪をなすならば、やがてわざわいにみたされるのである。

6 「その果報はわたしには来ないであろう」とおもって、善を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。気をつけている人々は、少しずつでも善をなすならば、やがて福徳にみたされるのである。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

5 「その(自業の)報いはわたしには来ないだろう」とおもって、悪(業)を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でも(やがて)みたされるのである。(四法印・四聖諦を理解しない)愚かな人々は、少しずつでも悪(業)をなすならば、やがてわざわい(自業自得となって因果の報い)にみたされるのである(輪廻に亘り苦しむのである)。

6 「その果報(因果応報)はわたしには来ないであろう」とおもって、善(業)を軽んずるな。水が一滴ずつ滴りおちるならば、大きな水瓶でもみたされるのである。(四法印・四聖諦に常に)気をつけている人々は、少しずつでも善(業)をなすならば、やがて福徳(安楽なる涅槃の境地)にみたされるのである(苦しみの輪廻から解脱できるのである)。

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感興のことば・第16章・14・24

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第16章・14・24

第16章 さまざまなこと

14 修行僧らよ。汝らは悪いことがらを捨てて、善いことがらを行なえ。家から出て、家の無い生活に入り、孤独に専念せよ。すぐれた人は欲楽をすてて、無一物となり、その境地を楽しめ。

24 苦しみはつねに因縁からおこる。そのことわりを観ないものだから、それによってひとは苦しみに縛られている。しかし、そのことを理解するならば、執著を捨て去る。けだし外の人々はその大きな激流を捨てないのである。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

14 修行僧らよ。汝らは悪いことがら(悪行)を捨てて、善いことがら(善行)を行なえ。家から出て(出家して)、家の無い生活に入り(遍歴し)、孤独(静かに瞑想する境地)に専念せよ。すぐれた人は欲楽(渇愛・貪欲・執着)をすてて、無一物(無執着)となり、その境地を楽しめ(安楽なる涅槃の境地を楽しめ)。

24 苦しみはつねに(悪業・煩悩)因縁(因果法則・自業自得・因縁生起)から(輪廻が)おこる。その(輪廻の)ことわりを観ないものだから、それによってひとは苦しみに縛られている(束縛されている)。しかし、そのことを理解するならば、執着(渇愛・貪欲)を捨て去る。けだし外の(世俗の)人々はその大きな激流(輪廻の素となる悪業・煩悩)を捨てないのである。

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感興のことば・第16章・6・8・10

感興のことば・ウダーナヴァルガ・第16章・6・8・10

第16章 さまざまなこと

6 以前には怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人は念(おも)いを落ちつけていて、この世でこの執著をのり超える。

8 たとい年の若い修行僧でも、出家・遍歴して、仏の教えにいそしむならば、その人は念(おも)いを落ちつけていて、この世でこの執著をのり超える。

10 以前には悪い行ないをした人でも、のちに善によってつぐなうならば、その人は念(おも)いを落ちつけていて、この世でこの執著をのり超える。

岩波文庫「ブッダの真理のことば 感興のことば」中村元訳より

英俊・解釈コメント

6 (仏法僧の三宝に帰依する)以前には怠りなまけていた人でも、のちに(四法印・四聖諦・八正道の実践に努め)怠りなまけることが無いなら、その人は念(おも)いを落ちつけていて(精進努力で安楽なる正念に落ち着いて)、この世でこの執著(執着・束縛)をのり超える(苦の輪廻から解脱し涅槃に至る)。

8 たとい年の若い修行僧でも、出家・遍歴して(仏法僧の三宝に帰依し)、仏の教え(四法印・四聖諦・八正道の実践に努め)にいそしむならば、その人は念(おも)いを落ちつけていて(精進努力で安楽なる正念に落ち着いて)、この世でこの執著(執着・束縛)をのり超える(苦の輪廻から解脱し涅槃に至る)。

10 (仏法僧の三宝に帰依する)以前には悪い行ないをした人でも、のちに(四法印・四聖諦・八正道の実践に努め、)善によってつぐなうならば、その人は念(おも)いを落ちつけていて(精進努力で安楽なる正念に落ち着いて)、この世でこの執著(執着・束縛)をのり超える(苦の輪廻から解脱し涅槃に至る)。

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